朝鮮語の正書法の変遷

 


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  韓国の正書法の変遷

 

 

朝鮮語は大韓民国(以下韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)を中心としていくつかの国や地域で使用されている1).そこで用いられる朝鮮語は言語としては本来同一のものであるが,国語政策の差異に基づく語彙・発音・正書法などの違いが存在する.このページでは現代朝鮮語の言語規範の変遷を概観する.南北の規範の相違点は전수태·최호철(1989)김응모·최호철 편저(2000)などを参照のこと.

 

  韓国の現行言語規範 [2001年現在]

   韓国の言語規範としては現在以下の4つがある.

  1. 한글 맞춤법(ハングル綴字法) 1988

  2. 표준어 규정(標準語規定) 1988

  3. 외래어 표기법(外来語表記法)1986

  4. 국어의 로마자 표기법(国語のローマ字表記法) 2000

  한글 맞춤법(ハングル綴字法)

   ハングル綴字法を始めとする朝鮮語の言語規範の制定にはハングル学会2)がその初期から非常に大きな役割を果たしてきた.そのハングル学会が最初に出したのが「한글 마춤법 통일안(ハングル綴字法統一案)」である.これは1933年に作られたもので,ハングルで朝鮮語を表記するための最初の規範であると言うことができる3).本格的な形態主義に基づき現行のハングル綴字法の原型となっている.この時初めて分かち書きや句読法が明文化され,また従来放置されてきた漢字音の表記も固有語なみに改められている.次に1936年に「사정한 조선어 표준말 모음(査定朝鮮語標準語集)」が発表されたのに伴い,付録に載せられた第7項と第8項の標準語の語例を削除し,ハングル綴字法統一案の各項の用例と語例を全て査定された標準語に直したのが「한글 마춤법 통일안[고친판](ハングル綴字法統一案[修正版])」(1937年)である.その後1940,1946,1948,1958年と連続して4回の改定が行われた.しかし,1948年の改定は1946年の全文を純ハングルに直したのみであり,また1958年の改定は本文中の文法用語を文教部制定の用語に換えたものであり,純粋な改定とは言えないものであった4)
このようにハングル綴字法統一案は若干の修正はあったが,1933年のものが維持され,公表された直後から社会的にも受け入れられ規範として地位を得ることとなった.解放後,文教部の国定教科書にもこの規範が採択されている.
   その後10年以上改定は行われなかったが,ハングル綴字法統一案制定から数十年が過ぎ,言語の変化に規範が追いつけなくなるに伴い,検討と修正が問題として提起された.そこで文教部は1970年にハングル学会を主幹として国語調査研究委員会を構成し,その中にハングル綴字法再審委員会を置き統一案を修正させ,その修正案を元に1979年に「한글 맞춤법안(ハングル綴字法案)」を発表した.その後文教部は1982年から1984年にかけて1979年の案の改定を学術院に移管し再検討させ5),1985年にさらにその検討を国語研究院に委託した6).その結果を受けて文教部ではさらに審議検討を加え,最終的に1988年1月に「한글 맞춤법(ハングル綴字法)」として公布,翌年3月1日から施行された.しかし,内容的にはハングル綴字法統一案の部分的な補完に終わり7),ハングル綴字法統一案は作られてから70年以上も経った今も未だに大きな影響を与え続けている.
   なお,その間ハングル学会でも独自に「한글 마춤법 통일안(ハングル綴字法統一案)」を修正8)して,「한글 맞춤법(ハングル綴字法)」を1980年に発表している.

  표준어 규정(標準語規定)

   標準語に関してもハングル学会が1933年に制定した朝鮮語綴字法統一案で定められ,その総論第2項で「標準語はおおよそ現在中流社会で用いているソウル語とする9)」とされている10).その後1936年には朝鮮語標準語査定委員会11)によって「査定朝鮮語標準語集」が発表された.これは9574の語彙を査定したもので,その内訳は標準語6231,略語134,非標準語3082,漢字語100であった.これは査定された語彙が収録されているだけで,査定の基準となる規定は提示されていないものであった.しかし,解放後もその標準語の規定は継承され,社会的地位を獲得することとなる.さらに1936年にハングル学会によって「朝鮮語大辞典」編纂が着手され1940年に完成している12)
   その後,時間が経つにつれて標準語に関する規定の現代語化が必要とされるようになった.そこで1970年からハングル学会を主幹とした国語調査研究委員会が標準語の査定を行うことになる.1977年までにソウルの言葉の実態調査や濃音13)や長音の研究,地方出身作家の作品の通用語調査,文献の語彙調査などを行い1977年までに約16500の語彙の査定を行った.その結果は文教部に報告され,文教部ではさらに国語審議会ハングル分科委員会に審議を依頼した後,1979年に「標準語再査定試案」を作成するに至った.さらに学術院下の語文研究委員会,国語研究院などに査定を委託し,最終的に1987年に国語審議会の建議にかけ,1988年1月に「표준어 규정(標準語規定)」として公布され,長年にわたる審議が実を結ぶこととなった.標準語規定はハングル綴字法とは異なりハングル綴字法統一案の改定とは言えず,新しく制定したものであるという特徴がある.

  외래어 표기법(外来語表記法)

1933年のハングル綴字法統一案の一条項として外来語表記においては新たしい文字や符号は使用せず,ハングルの字母だけでの表音主義に従うようにしたのが最初である.この規定の精神に従って1940年ハングル学会が「외래어 표기법 통일안(外来語表記法統一案)」を発表,これによって初めて外来語表記の規範が成立した.1986年の外来語表記法は基本的にはハングル綴字法統一案や標準語規定と同様にハングル学会の外来語表記法統一案の表記原則を引き継いだものと言える.
   解放後爆発的に外来語が増加したのに伴い文教部でも1948,59,60,63,69年の数回にわたり外来語表記法の制定と改定を行った.中でも1959年の「로마 자의 한글화 표기법(ローマ字のハングル化表記法)」はその後何度かの改定はあったものの外来語表記の模範としておよそ20年間にわたりその地位を保つこととなった.また,文教部では各国言語の表記方法と実例を提示した編修資料第1から6集(1959−1972)を発表している
  
1979年に編修資料や細則の矛盾点が生じたため再検討を行い「외래어 표기법안(外来語表記法案)」を発表し,また学術院と国語研究院に委託し審議した結果を受容しできあがったのが1986年の「외래어 표기법(外来語表記法)」である.

  국어의 로마자 표기법(国語のローマ字表記法)

   朝鮮語のローマ字表記法の最初は1940年に出された「조선어음 라마자 표기법(朝鮮語音羅馬字表記法)」である.これもやはりハングル学会が考案し,外来語表記法統一案の付録として出されたものであった.
  
その後文教部でも1959年に規範を制定した.この表記法は次に改定されるものよりも現行の表記法に近く,補助符号は使われていないなどの類似点が見られる.さらに,文教部では1984年に大幅な改定を加え「국어의 로마자 표기법(国語のローマ字表記法)」として発表する.この改定では第1章の表記の基本原則第2項に「ローマ字以外の符号はなるべく使用しない14)」という条項があるのにもかかわらず,今まで用いられていなかったいくつかの符号を用いるようになるなどの修正が加えられた15).なお,同年ハングル学会でも独自に「우리말 로마자 적기(朝鮮語のローマ字表記)」を発表している.
   その後コンピュータの普及に伴い補助符号のある1984年の表記法では,コンピュータ上での処理時に問題が発生するなどの不都合が生じるようになる.また語頭と語中での平音の表記が異なったり16),「」を表記する時に母音によって「s, sh」の区別があるなどの問題もあった17).このような不都合を考慮して再び審議が行われ補助符号をなくし,子音の表記も簡単にした「국어의 로마자 표기법(国語のローマ字表記法)」が2000年に発表された.その結果,若干の違いはあるものの18)基本的には59年の表記法の原則に戻ることとなった.

 

  北朝鮮の正書法の変遷

 

北朝鮮の言語規範としては2002年現在以下の6つがある.

  • 조선말규범집(朝鮮語規範集)1987

    • 맞춤법(綴字法)

    • 문장부호법(文章符号法)

    • 문화어발음법(文化語発音法)

  • 조선말띄여쓰기규범(朝鮮語分かち規範) 2000

  • 외국말적기법(外国語方) 2001

  • 조선어의 라틴문자표기법(朝鮮語のラテン文字表記法) 1992

  조선말규범집(朝鮮語規範集)조선말띄여쓰기규범(朝鮮語分かち規範)

  北朝鮮の言語規範は韓国と同じく1933年の「ハングル綴字法統一案」がその基礎になっている.その後1948年1月金斗奉が主導し,独自に「조선어 신철자법(朝鮮語新綴字法)」を制定し公布した.しかし,1949年に刊行された『朝鮮語学』と『朝鮮語文法』に反映されただけで,活用されたとは言えないものであった.
  北朝鮮独自の本格的な規範の制定は,その後1954年の「조선어 철자법(朝鮮語綴字法)」から始まる.この規範を制定し公布することで,南北の言語規範に差が生じることになる.これは8章56項からなり,「문장부호文章符号)」が新たに制定され,形態主義を標榜した規範であった.この時点ではそれぞれの規範が分かれておらず,1章から5章までが綴字法に関するもの,6章が「표준발음법 및 표준어와 관련된 철자법(標準発音及び標準語と関連した綴字法)」,7章が「띄여쓰기(分かち書き)」,8章が「文章符号」であった.しかし,「ハングル綴字法統一案」を根幹としているため,その根本原則からは大きく抜け出さず,細かい規範だけが改定された.「朝鮮語新綴字法」と比較して最も大きな差は新しい字母6字19)を廃止したことだと言える.
 
次に1964年1月3日の金日成の教示に従い,内閣直属の国語査定委員会から「조선말규범집(朝鮮語規範集)」が1966年に公布される.これは,「맞춤법(綴字法)」,「띄여쓰기(分かち書き)」,「문장부호법(文章符号法)」,「표준발음법(標準発音法)」の4部からなる.これは1954年の「朝鮮語綴字法」を補完し項目を整理したもので,漢字語の表記に関する章が新たに作られ,分かち書きをより精密に規定し,標準発音法をより拡充して規範したものであった.
 
1988年の「조선말규범집(朝鮮語規範集)」は1966年の「朝鮮語規範集」を精密化したもので,内容の大きな変化はなかった.「맞춤법(綴字法)」の構成は7章27項からなっており,現在はこの規範が使用されている.この時,「標準発音法」の名称が「문화어발음법(文化語発音法)」に変更された.「文化語発音法」には「文化語」に対する明確な規定はなされていないが,総則に「朝鮮語発音法は革命の首都平壌を中心とし,平壌の言葉を土台として築かれた文化語の発音の発音を基準とする20)」と書かれている.
 
その後,さらに分かち書きについてのみ単独で改変が行われ,2000年に「조선말띄여쓰기규범(朝鮮語分かち書き規範)」として発表さた.これは1988年のものよりもかなりうまく整理され,22項から9項になっている.

  외국말적기법(外国語方)

  次に外来語表記についてであるが,まず1956年に科学院朝鮮語および朝鮮文学研究所で「조선어외래어표기법(朝鮮語外来語表記法)」が制定された.これはロシア語を主としたものであったため,英語をはじめとするその他の外来語にも合わせた変更を行い,1958年に「외래어표기법(外来語表記法)」として発表した.さらに,1969年と1982年には「외국말적기법(外国語表記法)」を制定した.1969年には7,1982年には25の外国語の表記規則を載せている.その後しばらくの間改変はなかったが,2001年に新しい「외국말적기법(外国語表記法)」が制定されて現在に至っている.2001年の規範では9つの外国語の表記法が載せられている.  

  조선어의 라틴문자표기법(朝鮮語のラテン文字表記法)

  朝鮮語のローマ字等への転写の規範としては,1956年「朝鮮語外来語表記法」に「외국자모에 의한 조선어표기법(外国字母による朝鮮語表記法)」と「조선어의 어음전사법(朝鮮語の語音転写法)」載ったのが最初である.キリル文字とローマ字での朝鮮語表記法が示されている.続いて1969年に「외국문자에 의한 조선어표기법(外国文字による朝鮮語表記法)」,1985年に転写法,1992年に「조선어의 라틴문자표기법(朝鮮語のラテン文字表記法)」が制定されている. 

  註
  1. 朝鮮語は韓国と北朝鮮からなる朝鮮半島を主として,その他中華人民共和国東北地方の延辺朝鮮族自治州や旧ソビエト連邦領内(ウズベキスタン,カザフスタン,トゥルクメニスタン,ハバロフスク地方,サハリン州など)の朝鮮族,日本の在日韓国・朝鮮人やアメリカ合衆国の在米韓国人の間で用いられている.話者の総人口は6000から7000万程度.

  2. 「ハングル学会」の前身として「朝鮮語研究会」と「朝鮮語学会」が存在するが,本稿では便宜上3者共に「ハングル学会」に統一して表記する.なお,朝鮮語研究会は1921年に設立,1931年に朝鮮語学会と名称を変更した後,1949年に現在のハングル学会として発足した.

  3. なお実際には,朝鮮語の正書法は朝鮮総督府の作った1912年の「普通学校用諺文綴字法」が最初であると言えるがここでは扱わない.これは1920年に完成した総督府編『朝鮮語辞典』を経て1921年に修正され(「普通学校用諺文綴字法大要」),その後1930年にも第3次の制定(「諺文綴字法」)が行われている.これらは,基本的には従来のつづりをできるだけ生かし,現代語の発音に合わせてつづりを整理したものであった.その表記法や審議過程など詳細については菅野裕臣(1986b),三ッ井崇(2000)参照.

  4. 1940年の改定では,本文第19項などや「마춤법」の表記を「맞춤법」に変えるなど数箇所の文句の修正と,付録「文章符号」の増補修正が行われた.1946年の改定では数項の修正(10項,30項,43項,61項)と変更(65項を62項に),そして削除(62項,63項,64項)と追加(63項)が行われた.

  5. 한글 맞춤법 개정안(ハングル綴字法改定案)」として1984年に文教部に提出.

  6. 한글 맞춤법안(ハングル綴字法案)」として1987年に文教部に提出.

  7. 「한글 맞춤법」「통일안」比較については,이희승안병희(1989)参照.

  8. 言語の変化に合わせた内容の修正を始めとして,全体の構成の大幅な変更や,解説文の整理などが行われた.

  9. 原文以下.「표준말은 大體로 現在 中流 社會에서 쓰는 서울말로 한다.

  10. 標準語に関しても朝鮮総督府の「普通学校用諺文綴字法」(1912年)で「京城語を標準とする」と定められたが,民間ではそれぞれの方言で書かれるという状態であったようである.菅野裕臣(1986a)参照.

  11. ハングル学会が設置.査定委員73名のうち,京畿道出身者37名(そのうちソウル出身者26名),残りの36名は道の人口に比例して選出された.菅野裕臣(1986a),安田敏朗(1999:267)参照.

  12. 刊行は1947年から1957年にかけて行われ,全6巻が刊行された.

  13. 朝鮮語の子音の内,破裂音,破擦音には平音,激音,濃音の3項対立が存在する.また,摩擦音にも非濃音と濃音の対立が存在する.発音の上でこれら3項の区別が存在するのは音節の頭の初声の位置でのみ.平音は語頭では弱い無声有気音,語中(有声音間)では有声音,激音は語頭/語中を問わず強い無声有気音である.濃音は語頭/語中を問わずほとんど完全な無声無気音であり.平音はある一定の音韻的環境において濃音化する

  14. 原文以下.「로마 자 이외의 부호는 되도록 사용하지 않는다.

  15. 例えば濃音のの表記が「kk」から「k’」に変わるなど.

  16. 1984年の表記法では母音の前でも語頭と語中では表記を分けていたのに対し,2000年の表記法では統一した.例えば「고기」の表記が「kogi」から「gogi」に変わった.

  17. 1984年の表記法では「」の前では「sh」その他の母音の前では「s」で表記していた.2000年の表記法では区別せず両者共に「s」で表記する.

  18. 母音を例に挙げると,1959年と2000年の表記で異なるのは」の表記を「weo」から「wo」に,「」の表記を「eui」から「ui」に変えたのみで,その他の母音の表記は全て同じ.

  19. 6字母には , , , , Y , L」(注意:似てる文字を使ったので多少異なります)があり,不規則活用の表記に用いられた.

  20. 原文以下.「조선말발음법은 혁명의 수도 평양을 중심지로 하고 평양말을 토대로 하여 이룩된 문화어의 발음에 기준한다.


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[最終更新日時:2011/09/18 21:31:39]